一日の仕事を終え、保育園に子供を迎えに行きました。その日は子供に習い事が何もないので、お迎えに行って家に着けば、もう外に出る用事はありません。そして次の日は仕事が休みなので、夜がゆっくりできる、と思うと、家に帰るとすべてにおいてやる気が低下してしまいました。

普段だったら帰宅したらすぐに晩御飯の支度にかかるのに、ちょっと座ってからにしよう、と思ってしまったり。いつもだったら献立をパパっと決めるのに、なにも浮かびません。すべてにおいて、「めんどくさーい」と思ってしまいます。お弁当を買ってしまいたいとも思いましたが、お弁当を買いに行くのすら面倒だったので、気力を振り絞って適当メニューを作りました。その後も、子供たちと一緒にテレビを見ながらお菓子を食べたり、まったりのんびり、あっという間にいつも子供たちが寝る時間になってしまいました。生活リズムが崩れる、と思いつつ、ダラダラもたまにはいいかな、と思った日でした。

40代後半になって若作りの怖さにやっと気づきました。若見えすることが大事だとメイクも着るものも若作りしてたんです。実際若く見えていたらしく実年齢を言うとかなり驚かれて悪い気はしませんでした。だけど、若作りしている自分を自分がどんどん嫌いになっていったのです。

コレは意外でしたよ。つい最近まで若作りしていて鏡に映る自分が若く見えるとテンションが上がったし、それだけで自分に自信を持てて・・・。髪型をアレンジしてみたりメイクに凝ってみたり、若く見られるような服ばかり着てそんな自分がステキなんだと勘違いしていたんですね。

40代後半になってやっと若作りのイタさに気づきました。そのきっかけになったのは、わたしより若作りしている人たちを見たこと。かなり年齢にマッチしていない装いで仲間とはしゃいでいる集団を見たとき、若作りは見苦しいと本気で思ったのです。

年齢相応の装いが1番美しいような気がします。

帰りの電車から降りたら高校時代の友達が声をかけてくれた!
すごく驚いたけど、やっぱりとても嬉しかった。正直卒業以来はSNS以外でつながりがない子だったので覚えていてくれたことにびっくり。相手も偶然用事があって降りたらしいので本当に偶然だったけれど、とっても懐かしい気持ちになった。

10分くらい話して別れたけど、今度どこかでお茶をしようという約束ができた。近況を聞いていたらみんなやっぱり成長してるんだよなあ、と思ったし、相手もそう言っていてなんだかほっこりできた。その子の仲のいい子の近況とかも聞いたし、自分の仲のいい子の近況とかも話してちょっと盛り上がった。以外にみんな当時の趣味とか続けてるものなんだな~とか関心したりして面白かったな。

駅って出かける時とか帰ってくるときもそうだけど、いつも人であふれてて、人混みはちょっと疲れるから苦手だな~と思う時もあるけれど、こういう偶然があるから駅ってやっぱり大事だなあとも思った。

むかしは空き地がそこら中にあって子供達が走り回って遊んでいましたが、最近はさすがに空き地の数が減りました。田舎へ行くと原っぱや田んぼ空き地がたくさんあるけれど、都会で子供が走り回れる場所は整備された公園くらいですね。
年に数回空き地がたくさんある田舎に行くと、土地を遊ばせていないで何かに活用できないものかと考えることがあるんです。空き地に草が生えて土地が荒れている状態はもったいなくないですか?日本は土地が狭いのだから空き地を整備して何かに利用すればいいのです。
私だったら空き地に太陽光発電を並べます。ときどきその光景を見かけるんですが土地を有効活用できていて安心します。田舎の土地を放置しておくのはもったいないでしょう?その土地に大きな太陽光発電を置いたらどれだけ電気が出来るやら。出来ることはやっていきたいですよね。

朝の通勤電車、これから仕事に向かうという時にイライラしてしまうと1日が憂鬱になる。
今日は「ホンコレ!」っていうくらい、イライラして憂鬱になる日だった。

満員電車に乗ろうとしたときに、なぜか入り口のところで踏ん張っているヤツ。
でかいリュックサックを身体の前にかけて、1.5人分くらいのスペースを占有しているヤツ。
肘を張って他人の背中にスマホを押しつけながら何やらネットを見てるヤツ。
ターミナル駅が近づくと、ちょっとでも先に降りようとまだドアが開くどころかホームにも入っていないのに割り込もうとしてくるヤツ。

いやね、空いている電車なら別に良いんだよ?
満員でギュウギュウ詰めになっているってのに、なんでちょっとだけ気を遣うことができないんだろう?

お前らが自分の都合でやっていることのせいで、電車に乗りにくくなったり、余計に窮屈な思いをしなきゃならん他人がいるのに気づいてるのか?
日本人は周りに気を遣うことができるって海外で賞賛されていたのは、いったいどこの話なんだろう?

って毒を吐き出すことで、ちょっとだけ憂鬱な気分を晴らすのだった。